現代畸人傳

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戦後、故郷桜井で農に従事したあと、同人誌「祖国」を創刊して殆ど唯一の文章発表の場としてきた保田は、昭和三十三年暮に、京都鳴滝の地に移り住んだ。橋川文三の「日本浪曼派批判序説」が公刊され、保田与重郎という存在を黙殺無視していいものではない、という空気がジャーナリズムに萌し始めた頃である。「新潮」で本書の連載が開始されたのは昭和三十八年二月号、翌年十月に一本として上梓された。文学史的な言い方をすれば、戦後文壇に再登場を果した記念すべき出版だった。その内容は、戦後的世相や思考の外に生きる有名無名の人士を懐しみ、その人生と命の在り様に讃嘆感謝の念を惜しまぬ文章から成っている。保田が悦び、信をおいた人たちの列伝に託して、人間の生成に思いを致した本書は、愛惜の情あふるる畸人伝と言えよう。

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